第十章
凍った天使

 週末土曜ももう深夜を回り、ケージは静まり返っていた。
 こんなにケージが静かな夜はなかなか、ない。
 今週先だってのラミレスの処刑、ゴディヴァの負傷から、皆ジェフリーの気に障るのを畏れて静かに過ごしている。あれから、このクラブガズーの一番のイベントであるフェティッシュ・ナイト「GAZOO」も行われていない。ただジェフリーが企画しないからだ。毎晩フロアは貸し出されて、つまらないインディーズバンドのライヴやR&B、レゲエのイベントに使われていた。今夜はそれとて無く(信じがたいことに!)、全くエキサイティングでない夜だ。
 13チルドレンの面々・・・正確には、病院にいるラミレスとゴディヴァを除くメンバーたち・・・は、自分たちの見下ろすフロアも無く、あるかどうかもわからぬジェフリーからの指令を待ちながら、洞窟の中の蝙蝠のようにすごしていた。
 あるものは片っ端から音楽を聞きまくり、あるものは夜通し映画を部屋で見続け、あるものは・・・

「やあ。待ってたよ」
 彼は、その人物を部屋へ招き入れると即座に言った。
「服を脱いで」
 言われるがままに、無感動に服を脱ぎ始める彼女を見もしないで、彼はウォッカをショットに注ぎ始めた。
 部屋に置かれた巨大なオーディオのスピーカからは、小さく音楽を流している。ダミアのシャンソンだった。自殺者の相次いだあのシャンソンだ。
「この曲は」彼はカウンターから振り返り、ショットグラスのウォッカを早いペースで空けながら静かに呟いた。「歌詞が素晴らしい」
 彼女は服を脱ぐ手を止め、呟いた。
「歌詞が?そうでしょうか」
「いや、いや、よく聞いてご覧・・・」
 
 私はある日曜日に死ぬでしょう
 貴方が帰ってきたとき
 椅子に座ったまま、目を見開いて死んでいる私がいるでしょう
 そして その瞳は貴方だけを見つめている
 ・・・だけどどうか恐がらないで
 私は貴方だけを愛しているのだから

「・・・『私は貴方だけを愛しているのだから』・・・」
彼女は呟く。
「そう。素晴らしい曲だろう」
「・・・」
特に返事を聞く気もないのか、彼は彼女に服を脱いでしまうように促した。
 ダミアのシャンソン、グルーミー・サンデーが終わってしまうと、今度はジムノペディが流れ出した。よくよく、ダウナーの好きな男である。
 彼女は上半身に着ていた、ステューシーのナイロン・ジャケットとTシャツを脱ぎ、露わになった胸を隠そうともせずにデニムのジーンズに手をかけた。もう慣れている。月に二回、必ず彼女はこの部屋を訪れて、彼の言うままに服を全て脱ぎ身体を曝け出す。
 彼もそれに慣れている。全てがわかりきった儀式のようなものだった。
「いつも通りですか?」
「そう。靴は脱がなくていい」
 赤いバスケットシューズとスニーカー・ソックスだけを残して全て脱ぎ去った彼女を、彼は少し離れたところからまず眺めた。
 そして少し眉・・・実際には眉は剃ってしまったので無い。眉のあったところに筋肉的な盛り上がりがあるだけだが・・・を寄せると、唸った。
「いかんなあ。毎回、身体の線が変わってしまうのは困ったものだ」
「・・・」
 腕組みをして考え込みながら、彼はまじまじと全身を見つめる。
 細い首筋から肩の線。鎖骨。膨らみかけた二つの乳房、薄く滑らかな腹部。下腹部に少しずつ認められるようになってきた翳りと、まだ硬い腰の線・・・。

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