第十一章
追跡者二人

 毎週黙々と続けている作業も、今日はうまくはかどらなかった。
 花瓶の水を替えようとして腕に抱えて、危うく落としそうになり、アンドルーは頭を強く振る。
 ドリンとマリオンのことを考えていると、手馴れたはずのこともミスを犯しそうになってしまう。
「しっかりしろよ・・・しっかりしろ。俺!」
 リサの追悼は、先日つつがなく終わった。・・・両親は揃わなかったが、父親の方だけはなんとか都合をつけてベルギーから駆けつけてくれたし、カレッジのクラスメイトやサークル、パーティの仲間も集ってくれた。
 皆、口々に信じられないと繰り返し、顔を見合わせていたが、涙を流したのはアンドルーだけだった。リサはそうやってボロボロの肉体を地に残し、天に昇っていった。
 アンドルーはリサの父に尋ねた、「奥様は来られなかったんですか?仕事で?」
 父親はカソック姿の彼から視線を逸らせたまま呟いた。
「あれとは・・・連絡をとりあっておらんのでな、知らん」
 そういう家庭だったのだ。アンドルーは呆れ、何も答えずにディアズ氏のもとを離れた。そして軽蔑した。あのリサの身体を見ることもなく、形式上参列したただの男にしか過ぎない。
 祭壇を整えながらも、彼の頭の中ではドリンとマリオンの行方ばかりがぐるぐると回っていた。
 そしてオルガのことを思った。
 ・・・彼女は何か知っているはずなのだ。

 人が集り始めたのでアンドルーはいつものように説教の内容のプリントを礼拝堂の前で訪れた人々に配る。
 赤いキャップを被った14、5歳くらいの子が彼の前をすいと通りすぎようとしたので、軽く呼び止めてプリントを手渡した。子供はビックリしたように立ち止まると、大人しく受け取って中に入っていった。
 ミサが始まり、教区司祭たちが説教を始め、自分がオルガンを弾くときにも、アンドルーの頭の霞はたちこめたまま消えなかった。心が重く、だるく、ため息ばかりが出る・・・彼は視線に気付くはずもなかった。
 心は聞きこみに行くことへと先走り、落ち着かない気持ちでミサを終えた。
 朝食を摂っていなかったが、ミサが終わったあとも食欲は起きず、そのままバイト先へ向かう。後ろからは一定の距離を保ってステューシーのバスケット・シューズが追ってくる・・・音も無く、満ちゆく波のように・・・完璧に訓練された影の足取り。
 背にFUBUと書かれたナイロンのスポーツ・ジャケット。ポケットに両手を突っ込み、無彩色の漆黒の瞳で先ほどまで神父手伝いだった大柄な男を追ってゆく。やがて獲物はひとつのレコードショップに入っていった。丁度、開店し始めた時間だった。
 レコード棚をあれこれと弄っていた、ソフトモヒカンの青年が彼を認めると両手を広げて叫ぶ。
「・・・アンドルー!大変だったな・・・!」
「おはよう・・・ジェイ。ずっと休みもらっててごめん・・・あのさ・・・今日は出勤じゃないんだけど、聞きたい事が」
 ジェイは、さも同情するかのようにうんうんと頷いた(耳にじゃらじゃら着けたピアスが揺れて痛そうだった)。
「いいよ、店は心配するなよ。なんだい?」
「ドリンの事なんだけど、何か情報入ってない?あいつどこにいるのか結局わからないんだ。彼女の式にも来なかった」
「マジかよ」ジェイは童顔を驚いたように歪めた。「イカレてるぜ」
「見つけ出したいんだ。もしかしたらリサのこと知らないのかもしれないだろ?・・・誰か、何か知らないかな」
「俺はしらねーよ」彼は、耳たぶの0ゲージピアスを弄りながら不貞腐れたように吐き捨てる。「あんなヤツ!リサの式にでねーような野郎、どうなったっていいじゃねーか?」
 苦虫の代わりにガムを噛みながら、ジェイはアンドルーに食ってかかる。
「アンディ、やめろよあんなヤツの事心配すんの。無駄だぜ?第一アイツ、ワケわかんねぇパーティに入り浸ってたしよ・・・ゲイ・ナイトにあっちこっち行ってたぜ、彼女の事考えもしねーでよ!・・・俺なら、マジで絶対駆けつけたぜ!・・・店番でいけなかったけど・・・」
「ジェイディー。大切な友達なんだよ」
「糞だ」
ジェイは唾を吐いた。「あんた損しすぎだぜ。クリスチャンは皆、そんな馬鹿なんじゃないだろ?」
 やれやれ・・・。
 アンドルーは手持ち無沙汰に店内を見回す。ジェイの筆跡のポップが目に入る、『ダンスホール・アルティメットvol.3:新着!』
「マリオンは見てないか?彼女も・・・連絡つかなくて・・・」
「あ?マリオン・・・彼女?ああ、見たよ」
「どこで!?」
「うおっ、やめ、悪かったよ、クリスチャン馬鹿にして・・・アンディ、離してくれよ、教えるから・・・!」
 知らないうちにアンドルーはジェイディーの左手首を掴んでいた。
「あッ・・・悪い」
「びびったぁー・・・あのな、いつだったかな・・・ちゃんと覚えてなくて悪い。でも、4thストリートのディオールのウィンドウを眺めてた女の子がいてさ、後姿だったけどあれマリオンだったよ」
「ほんとに、絶対、マリオンだったんだよな?」
「だと・・・思うケド・・・」
 アンドルーはため息を吐いた。店長もまだ出勤していないし、もうひとりの常勤バイトの女の子も来ていない。
(店開けのジェイだけか・・・。今ここに長居してもしょうがないな)
「そっか、ジェイ有難う。また来るよ・・・あと」
「ん?」
ブルーベリー・バブルガムを膨らませながら、ジェイはきょとんとした。
「・・・アルティメットのスペル、間違ってるぞ」
「ぶ!」
ガムがぱちんと割れて、ジェイの鼻にくっついた。
 アンドルーは何日ぶりかに少し笑った。

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