第十二章
スーパー・ディージェイ

 (っだよ、あのヒステリー女)
 蕎麦を食べ終わって、音楽誌「クリエイターズ・ゲート」をソファに寝転がって繰りながら舌打ちする。
 (てめーの香水の方がよっぽどくせぇっつーの。どんだけ使ってんだ?)
 蕎麦の出来は自分ながら上々だったのだが、ケチをつけられたらいつまでも面白くない性格。
 ケンゾー・イラカヤは、自分の五感+αを信じている。
 DJであるからには聴覚は勿論、味覚・嗅覚・触覚、そして視覚。体感する全ての物を自分の中に余すことなく吸収し、それを素晴らしいものに増幅させ、世に送り出すことができると自負している。
 GAZOOでは自分のポジションより上のアンドレイ…アンドレイは視覚的な物を作り、ケンゾーは聴覚から入る物を作る。
 (アンドレイは確かに絵も描けるし彫像も…2Dと3Dを創造できるかもしれないけど。でも)
ふーっと煙を吐き出し、灰皿に押し付けて煙草を消す。
 吐き出した煙の蠢く様は、ケンゾーにとってサイケデリックな幻想を抱かせる。ゆらゆらとゆらめき、ふと何かに小突かれたように一瞬で表現を変化させ、たゆたい、消えていく。いつしか煙の様子はケンゾーの頭の中で徐々に音の破片になっていき、つながり、ビートを弾き始める。
 (俺は視覚から聴覚へ、それをまた他の五感へ、自在にイメージングして物に創りあげることができる。自分の頭の中の音を舌で味わう感覚だって持っている。絵も描けるし…自分のデモCDをレーベルに持ち込むときはオールデザインが俺なんだから。映像化もコンピュータ使って任せとけだ。だてにDJとクラブのコーディネートやってないぜ、アンドレイにはそんなことできねーだろーな!)
 デジタルなケンゾーにとって、アナログなアンドレイは古代人のように見えるのだ。
 部屋に篭って、手を油絵の具やオイルや石膏なんかでべたべたにしながら地味に暗く創作するなどとてもじゃないができるか、そう思う。
 (しかもぜんっぜんお洒落じゃねーし。そりゃもとのルックスはやっぱ羨ましいけど、身長がNBAくらいあってちょっとマッチョでさ、俺だって頭の形がバリ良かったらスキンヘッドしてみてーけど…でもあいつやっぱダセーもんな。暗いし。ちょっと頭コレっぽいし)

 ケンゾーは日本にいた10年前を振り返る。
 そして、子供だった頃の自分も、カッコいい奴だったと思う。
 彼が日本を出たのは中学1年生の多感な頃だった。父の転勤に、母も一人っ子のケンゾーも付いて来て、彼は現地の学校へ飛びこんだ。言葉が解らなくて最初のうちは苛々したが、持ち前の明るさと気のよさで友達が大勢出来た。
 彼はそんな自分が素敵で、言葉も文化の違いも全て乗り越えられてカッコイイと思った。俺、不可能なことなんてないじゃん。そしてそれがあたりまえだと思った。
 とても幸せにすくすくと育って血筋は純日本人の割りに背も高く、今やルックスも自己満足できるくらいの好青年。自分はテクノとトランスとゴシックをベースに音を操る、GAZOOのカリスマDJなのだ。
 (やっぱさ、センスって生まれ持ったもんなんだよな。アンドレイはそーゆーセンス無さげだし、やっぱ俺のがクリエイターだよな!)

 空になったマールボロを捨て、新しく封を切ってまた本に目を落とす。
 「クリエイターズ・ゲート」は定期購読でケージに届く。
 音楽を志すクリエイターの登竜門的雑誌だ。試聴CD-ROMが付いていて、隔月で募る自作音源が聞ける。
 CD-ROMの収録音源作者の発表ページを開く。
 ケンゾーは咥え煙草のまま、唇を歪めた。半月型に。嗤う形に。
 「クリエイターズ・ゲート」の読者層はおおむね、自分と同じくらいの若者が中心となって10代後半〜30代前半くらい、発行部数は中堅。しかしかなり広範囲で読まれている。その「クリエイターズ・ゲート」で、ケンゾーはもはや殿堂入りが見えてきていた。
 今回も、彼のオリジナル音源はCD-ROMに収録され、多くの若者に聴かれ、また「魅了」するだろう。
 ジェフリーに褒められる。
 クイーンに微笑みかけられる。
 自分の任務、GAZOOでの実績は今回、また更新された。
 殿堂入りを果たせば、勿論メジャー・デビューを前提にレーベル各社からオファーや問い合わせもあるだろう。しかし自分の君主の力を借りれば、そんな願い事は褒美として手配してくれるはずである。何よりも、ジェフリーに気に入られること。そして、13チルドレンでのポジションを昇格してもらうこと。
 …アンドレイを、GAZOOで見下し、跪かせること。
 デジタル・メディアを駆使して創りあげる極上の幻想、その創造主として名を馳せ、多くの愚民を酔わせること。
 (ああ、スゲエよな!俺ってやっぱスゲエよ!マスター、早く…俺を認めてください。あんな根暗なネジマキ時計みたいな奴より、俺の方が優れていると。クイーン、俺のこの業績を讃えて俺を見てください。俺はあなた方に選ばれた音の天才だと!)

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