第四章
暗い日曜日

 プラチナ・ブロンドを無造作に束ね、化粧もしていない大柄の女。
 決して繊細でない指・・・大きな手。爪は伸ばさず、黒いマニキュアを塗っている。彼女は自分の指があまり好きではない。大柄に生まれたこと、骨の太い事、不細工ではないけれど顔立ちが大造りで優美な美しさがないこと・・・陽に焼けた体は女にしては筋肉がつきすぎているし、胸が大きくたって、ウエストは引き締まっているが細くはない。
 自分の組織のナンバー・2は自分よりも女らしく美しい・・・。
 だからこそ、マスターに愛されているのだと思うと、自分には女としての価値が無い様に思えてくる。
 彼女はコードレスフォンを手に取ると右手だけで持ったままプッシュする。頭に叩き込んだナンバー。間違えるはずも無い。
 5度コールが鳴って、幼い声が聞こえてくる。
「ハロー!」
「・・・」
「もしもし、どなたですか?・・・もしもし」
 受話器を持つ子供の背後で、誰か大人が呼んでいた。『誰からなの?駄目よ、ママが代わるわ』
 近づいてくる気配があって、彼女はゆっくりとリセットを押す。
(元気にやってるみたいだわ・・・)
 回線と履歴をチェックされているから滅多にかけられないけれど・・・そらでも言えるくらいにナンバーはしっかりと覚えている。
 もう自分のことなど忘れているに違いない。
 受話器の向こうの女性の声が彼女を切なくさせる。『ママが代わるわ』・・・
 ・・・ママはここよ・・・!
 一人寂しく暮らしている自分。恋人もいないし、家族も・・・もういない。気管のあたりが熱く詰まってきて、つい涙を流しそうになる。
「ゴディヴァ!」
 ドアを滅茶苦茶に叩く者がいる。
 ハッとして顔をあげ、涙をぬぐう。
「開けろ、俺だよ」
 今さっき訪れたセンチメンタルな切ない気持ちは一瞬にして払拭されてしまった。その切なさは甘さを伴ったのに、邪魔された怒りは何倍にも膨れ上がる。つい大声でドアを怒鳴りつける。身体の大きい彼女の声は、メイシー・グレイからキュートな部分を全て取り去ったような威嚇的な響きだ。
「誰が開けるか!失せろ!」
「開けろよ。お前が日曜の午前に部屋にいるなんて滅多にないじゃんか、俺パネルで確認してきたんだ。モロにランプついてたもんな」
「ふざけないでよ・・・」
「なあ、部屋には入らないよ。渡したいモンがあんだよ。お前欲しがってただろ、アムステルダムから届きたてなんだぜ」
 ゴディヴァはつくづく、この幹部の集う『13ケージ』にいる自分が嫌になった。
 仕方ない・・・私はジェフリーの雇っている部下であり、組織の人間だ。それで喰っているし、住む場所を与えられている。一度踏み込んだら出られない・・・命を捨てる覚悟がなければ。
「冗談じゃないわよ、マリファナでなんか金輪際釣られるもんか」
「おい、なんだよつめてーな。酔っ払えば抱かれる癖に」
 ドアの向こうでは勝ち誇ったようなラミレスの緩んだ顔があることだろう。
(フザケろよ、この糞ヤロウ・・・)
「女は割り切って男に合わせることもできる生きモンなんだよ、ボーヤ」
「なに!」
 ラミレスの声が裏返る。「じゃあ、俺は遊びかよ!冗談じゃねーよ、糞ッ、出てきやがれ、そんな口一切きけねーように・・・」
「してみなよ」
 頭に血が昇ったラミレスの前に、ゴディヴァが立っていた。身体にぴったりしたシャツは彼女の鍛えられた筋肉を誇示し、怖じることなくそこにある。ラミレスは毒気を抜かれて、少し後ずさる。手ぶらだ。
「あたしは使い分けるんだ。女として存在するときと、マスターの手足として動く時」
 腕組みして彼女はまっすぐに男を見る。
「二種類だ。それ以外私には無いんだよ、今は指令待ちだ。やりたいときは心をオフにして相手を見ないでやっちまう」
「だって昨日・・・」
「お前童貞でもあるまいし、一回二回セックスしたからって調子こいてんじゃねえよ」
 ゴディヴァは自分に怒りを覚えている。人生に於いてワースト3入りの失態だった。こんな男に。
「なんだと、この」
 かっとして殴りかかろうとする男の手が殆どスロウモーションだ。適当に流して適当に返しておく。勝手にラミレスが倒れる。とことんまで下らない男である。しかも脳震盪を起こして床で寝そべったままボーッとしているのだから逆に哀れに見えてくる・・・。
(あーあ。所詮はただの一般人を集める為に雇ってるバイヤーだわ。マニュアルどおりにしか動けない、ガズーのアルバイトスタッフと変わんない)
 そのとき、隣の部屋から一人の人物が出てきた。諜報のリルガンジャだ。
「・・・」
 リルは表情を一切変えず、ラミレスを邪魔そうにまたぐと、さっさと通り過ぎていった。
 ゴディヴァも音を立てずにドアを閉めると、昼食の支度を始めた。

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