第五章
語る大腿

 ドリンの彼女は、月曜の早朝、クラブの建ち並ぶ雑多な通りの路地、ゴミコンテナの中に捨てられていた。
 彼女は派手好きで、アクセサリーや洋服を買うのが趣味という、ごく普通のバカな女の子だった。19歳の彼女は27のドリンと同棲していた。
 いつだって綺麗に着飾ってクラブに通い、年上の彼氏と毎週末にレストランに行き豪華な食事をするといった気取ったことをするのがステータスだったのだ。
 なのに、汚れたゴミコンテナのゴミの中から全裸でホームレスに見つけられた。
 新聞には小さく彼女の笑顔がある。なかなか可愛い。カールさせたブロンドで、こちらをみて一番気に入った作り笑顔を向けている、カレッジの写真だ。
 TVでも少し報道された。ほんの少し。これが彼女の人生の最期だった・・・。
「ドリン、・・・彼女は死んじまったよ」
 どこにいるのか・・・。ドリンにはやはり連絡もつかない。どこかでこの事件を知って絶望しているに違いない。
 彼女には凄く仲の良い友達がいなかったし、両親とはうまくいっていなくて疎遠だった。アンドルーの元にその両親から電話が来て、自分たちは今仕事で欧州に来ている。すぐにそちらにはいけないから、恋人のドリンとあなたで警察へ引き取りに行って欲しい。ちゃんと葬儀は手配すると言った。アンドルーは電話口で、電話をかけてきた母親に口調を荒げて抗議したが、取り合ってもらえなかった。
 彼は自分の働く教会で追悼の式を全て手配すると申し出た。・・・あっさり依託された。
「アンドルー、あたしのお兄さんになってよ。ドリンがあたしのダーリン。隣同士の家に住むの。毎日パーティよ!忙しいわ!」
 バカだったけれど、彼女は子供で幼稚だったけれど、素直な子だった。
 警察に行くとアンドルーを婦警が迎えた。
「身内の方ですか」
「友達です」
「そうでしたか。署の方にも、ご両親から電話がありました。・・・酷い話です。本当に酷い話です。でも・・・なにより酷いのは彼女の身体です。きっと全てご覧にならないほうがいい。顔だけ見てやってください、今は安らかな顔をしています」
 婦警が涙ぐんで言った。
 アンドルーはぎゅっと両拳を握ると言った。
「いえ、ドリンの代わりに全てを確かめます」
「でも」
「今ドリンは、どこかで出てこられない状況なだけなんです。本当なら一刻も早くここに来たい筈です・・・俺が全てを見て、彼に伝えます。じゃないと・・・リサも浮かばれない・・・」
「・・・わかりました」
 婦警は涙を目にいっぱいためて何度も頷いた。
「わかりました。・・・こんな事、全て含めてありえないことです・・・彼女は、人生をもっと楽しんでいいはずだったんです。こんな終わり方をするはずじゃあなかった・・・」
「リサに・・・会わせて下さい。最初に彼女に話しかけます。俺が、まだ地上にいる彼女に祈りを」
 小柄で、ちょうどリサの母くらいの歳の婦警は肩を僅かに震わせて、だがしっかりと歩いていく。
 アンドルーは唇を噛んで、胸元からロザリオを出すと握り締めた。
 先週の今日会ったときは、リサは新しい服と靴を履いてアンドルーに見せびらかしていた。・・・どう、見ておにいちゃん、これねぇ、昨日ねぇ、ドリン買ってくれたのー、似合う?似合う?お店にねぇ、別注したんだよぉ・・・無邪気に喜んで、ドリンに始終抱きついていて、いつだってキスしたがって、それで・・・リサ・・・

 もういない・・・。

 アンドルーのアンバー色をした目から、ひとつ、涙が落ちて彼のジャケットの胸に落ちた。
 ドリン、リサに会いにきたよ。抜け駆けだなんて、こんなときに怒らないでくれよ、な・・・

 アンドルーを迎えて、若い男の検死官がドアを開けた。アンドルーの入るぎりぎりの幅まで。婦警は後から入り、後手にドアを静かに閉める。
 リサは薄青いシーツを全身に被せられて、そこにひっそりと横たえられていた。顔の部分に掛かっている小さな布だけ取り外す。長いまつげ、綺麗に描いた弓なりの眉、ふっくらした白い頬。唇。唇がここまで白いとは思わなかった。
「可哀相に・・・可哀相になあ、リサ・・・今まだここにいるだろう・・・?俺はちゃんとした神父じゃあないけど、お前のためだけに、俺とドリンからの祈りを心から贈るよ。リサ。聞こえてるよな」
 傍らに膝をつくと、アンドルーは静かに話し掛けた。リサは静かだ。とても静かだ。
(ドリンじゃなくてごめんな。・・・でも、俺はお前の兄貴だよな。ドリンももうすぐ来てくれるよ・・・)
 婦警は検死官に肩を抱かれてしくしく泣き始めた。「ごめんなさい・・・私、外に出ているわ・・・彼女に地上で最高の祈りを」
 アンドルーはシーツの上から、ロザリオの十字架をリサの胸に当て、鎖の端を、両手の組んだ指にかけて静かに語りだす。
「・・・天にまします我らの父よ、心より御名を讃えます・・・」
 可哀相なリサ、誰がお前を殺したんだ・・・?
「・・・我らは、亡くなったリサ・ディアズが永遠にあなたのもとで生きることを信じて祈ります。十字架のもとにたたずまれた母マリアのとりつぎによって、悲しみにしずむ我らを力づけ、顧みてください・・・我らが主、イエス・キリストによって・・・アーメン」
 リサに十字を切り、自分の胸で切ると、しばらくアンドルーは彼女を見つめた。あんまりだ・・・これも全て彼女の運命だったと言うのか?
 神よ、リサを御許で・・・どうぞ安らかに・・・。
 アンドルーは検死官を振り返った。検死官が覚悟したように表情を強張らせる。

A