第六章
迷路

 起きながらにして、ジェフリーは夢を見た。夢を見ている・・・錯覚に陥った。
 きっと、これが、俺を作ったのだ・・・覚醒しながらの、夢。
「どこを見ているの、ジェフリー、しっかりなさい。集中なさい」
 母親の声はいつも、彼に対してどこか心配げで、そして強制的なものだった。ああしなさい、こうしなさい、どうしたの、何があったの、何をしたの・・・
 何をしたの。
 彼にとって痛快なこの母親の科白は、幼いころから繰り返し、ジェフリーに快感をもたらした。
 この女は息子のしていることを訝しみながらも、まったく想像もつかなくて懸念するばかり・・・お上品な金持ちの屋敷のお嬢様。母親になってもそのお嬢様気質を変えることができない。なにも創造しない、非生産的なつまらない女だとしか、幼い頃から思うことは無かった。
「ジェフリー、何をしているの!」
 真夜中の、セレブを呼んでの大パーティが終わった大食堂、その厨房で、フィルズベリ夫人は悲鳴のような声で叫んだ。若い夫人は、その肉感的なからだをベビードールのような、半ば中が透けるネグリジェを着て、ジェフリーを見つめたまま立ちすくんでいた。
「何をしているの!」
 もう一度、恐ろしいものを見るように掠れた金切り声を上げると、まだ幼いジェフリーに飛びかかった。今でもはっきりと、まざまざと思い出す。母親のあの・・・あの・・・
「やめて!そんなものを食べてはだめ!だめよ!」
 ジェフリーが両手でわしづかみにしてかぶりつき、食いちぎっていた生肉の塊を奪い取ると、母親は泣きそうな声で言った。そしてジェフリーを胸に抱きしめた。
 ・・・今でも思い出す。あの、母親のからだの感触を。胸の肉を。香水の香り、女の香りを。
「どうしてこんなことしたの?」
「だって、ママ」ジェフリーは真っ赤な口をして無表情に言う。「さっきのパーティで出たステーキ、あれ、生の味を知りたかったんだもの」
「生では食べられないのよ。こないだも、あなた、お料理してないお魚食べて怒られたでしょ」
「サーモンや生ハムはいいのに?」
「あれは別なのよ」
 夫人は落ち着きを取り戻す。相手はまだ何も知らない子供なのだから。たまたま氷を取りに来て、真夜中のがらんと広い真っ暗な厨房に、こんな幼い子が居てびっくりしただけのことだ、ちゃんと教えないと。
「あれはお料理してあるのよ、味があるでしょ。カルパチォも、生ハムも、お料理したものなのよ。だからいいの」
「でも、これも味したよ」
「おいしくないでしょ、おなか壊すからもうだめよ。それに、真夜中にお部屋から出ちゃだめ。恐いお化けが出るわよ。ね」
 夫人が彼を抱きしめる。
 ああ、この時の自分は、母親が女であることを意識していた。下半身が疼いたのを覚えている。勿論、まだ精通などは無いが、彼は脚の間が痺れるような不思議なこの感覚が好きだった。口の中に残る肉をいつまでも噛み続けて、彼は母親の胸に顔を押し付けながら思った。女の胸の肉はなんと美味そうなんだろう・・・。
「いい子だから、もう寝ましょうね。ベッドでねんねしましょうね」
「ママ来て」
「まあ、ジェフリー。恐いの?いいわよ、今日はママと寝ましょうね」
 若いながらも、母親の微笑みを浮かべるフィルズベリ夫人。いくら創造的でないセンスでも、子供を産んだ、生きた女性の母性本能。それはジェフリーにとっては、彼女に付け入る恰好のウィーク・ポイントだった。
 ジェフリーは甘えるふりをして、ベッドのなかで母親のからだを色々と検分したのだった。母親はそのとき、26歳だった。

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